悪い、部活の方の店番がちょいグチャって、そんな時間取れねぇんだわ。飲み食いしたらソッコーで戻らなきゃならなくなった。（顔を合わせての第一声は謝罪と言い訳から始まった。待ち合わせ場所は目的地の前、スタンダードなカフェを行っているのは三年生の教室だ。ぱん、と両手を合わせた男の到着もまた待ち合わせ時間から数分遅れ。とあるゲームを思い起こさせるようなカラフルなインクにまみれたTシャツの裾がその動きに合わせて揺れた。同学年の美術部員のクラスと部活の店番ダブルブッキングのしわ寄せを受けつつも、花丸伴った約束を反古にしたくは無いものだから。）お、軽食もあんのな。（二人、と指で示せば向い合わせの座席に案内されメニュー表を置かれた。ひょいと覗き込めば飲み物以外の品揃えも文化祭としてはそこそこ充実しているようだった。カフェらしく甘いものの名も見て取れる。）アイスコーヒー、ブラックで。……あとクッキー、ナッツの。（ざっと目を通し、注文を紡ぐ唇に淀みは無い。注文が終わればふぅと息を吐いて、）先輩に焼きそば買わされてそんな腹減ってなかったけど、クッキーとかあって良かったわ。（文化祭ならではの雑談を到着までのアクセントにして。）

そこは気にすんな、俺もフツーにカフェ系の模擬店は行きたかったし。（一人で入りづらい、との理由はここで改めて言うのは避けておく。それよりも限られた時間の中で一度きりしかない高校一年生の文化祭を楽しむ、そちらに意識を向けた足取りは気持ち早足だった。）……それを意識した美術部Tシャツ。一応それっぽさは出てるだろ、インクの色とか被んねぇようにはしてるらしいけど。（パロディの範囲で許されるであろうカラフルな飛沫を纏って出向く先としては落ち着きのある空間ではあったが、祭りのテンションはそんなことを意に介さず確かな足取りのまま。席に座れば教室であるはずの空間を興味深げに見回した。それもすぐ、メニューへと緩やかな降下を始める。注文は互いに滞りなく、去ってゆく店員の足音を聞きながら小さく息を吐いた。）ちょいちょい摘まめるモンも多かったよな、甘いのもしょっぱいのもあるし。文化祭舐めてたわ。（はは、と笑いながらボリュームは気持ち絞り気味。「テイクアウトもあんのか」と感心したように相槌を打った唇が、彼女からの問いに答える準備として息を吸い込んだ。）先輩方はフツーに作品展示。一年は二人一組になって、片方が下書きまで、もう片方が彩色と仕上げ、っつう……なんだろうな、ペア展示？（美術室内に広がる空間と今日までに辿った道程を軽く説明し、息を継いでそのままに）御子柴は帰宅部だっけか。ま、来てくれんのは大歓迎。（未来の来場客へ恭しく一礼してみせたのを合図にしたかのように、注文した品が届けられ互いの眼前を彩った。）

さすがにそれはアウトだろ。そもそも美術部限定だし、今から入部してもまあ無理だろうな。（美術部員として展示の店番をする際は着用するように、とのお達しのお陰で男の格好はクラスでの浴衣やらこのシャツやらと忙しない。普段は同じような制服ばかりの校内も、男のようにこの日のために誂えた一着を揃いで着る生徒達がいるかと思えば私服の一般客が通り過ぎる。日常同士なのに非日常を感じる空間が少し不思議で、とても心躍る。）食い物系は数絞らねぇと準備が大変そうな感じすっけど……そこは三年生ってことなのかもな。積み重ねた実績の集大成的なやつ。（そう思えば接客の雰囲気や室内の作り込みにも先輩らしさを感じるもので。さて、もし自分が、自分達がその場所に立つと仮定したならば。）そりゃな、好きなこと活かせんのは……まあ、他の奴らからしたらうるせぇよって思われるかもしんねぇけど。（拘りが強いがための細かさ、覚えがあるからこそ少しのトーンダウンはあったものの最初にした肯定の返事は揺らがない。）どっちも。人数の問題で、まあ、じゃんけん負けたんだよ。下書きはサマリン島で撮った花島の別荘の中庭、着色は下書き担当の飼ってる猫。ま、色は合ってっか分かんねぇけど。（少し前まで格闘していたキャンバスの題材の記憶は漂う香りが上書いてくれた。黒々とした色を湛えたそれを軽く一口。）……ん、まあ……飲みやすいな。俺は好きな味。（本格的に一から淹れているわけでは無いだろうが、舌に残る苦味は思ったよりも後を引かない。ぱきん、と口に含んだクッキーの香ばしさとナッツのアクセントが良いマリアージュとなっていた。）ちょっと話戻るけど。（彼女のコーヒーが己のものとは異なる色に変わったのを見ながら喉を軽く潤して。）どっか入ってみたいっつう気持ちあんなら、それこそ文化祭で気になるとこ見んのもありじゃねぇの。体育会系の部活も出店してるとこはあるから、雰囲気は分かるだろうし。（あんな言葉を漏らすくらいなのだから少なくとも後ろ向きでは無いだろう、そんな理由をつけて小さく笑んだ。──ごちそうさまが重なったなら、廊下まで出て指差す先は。）美術部の展示はこっちだけど……案内は必要ですか？（なんてあえての敬語で問い掛けた。日常の中の非日常、年に一度のお祭りはまだまだ終わらない。）