はっや。フライングしてない？（0.1秒スタートを決めるべく万全に整えた準備も彼の前じゃあ物足りない。不正を疑うジト目を携えたまんま昇降口まで並び歩くけれど、だいぶん履き込んでいるわりに清潔な白をまとうイージーブーストに履き替えるころにはご機嫌な「早く」でツアー開始を急かした。）はは、ヤバいヤバい。でも我慢するんじゃなくてちょっと控えめなんだ。（しっかり食べてんじゃん、と笑いながら）わたしも食べた～～控えめに。（差し入れを前にしたらみな同類であることを表明。どちらにしようかなと宙を迷う指先が「よし」と選んだ「まずゲーセンで三国の財布をすっからかんにしよう」は8割冗談2割本気の比率にて、繁華街をゆくふたりの与太話は喧騒のなかで続く。）蘭丸は世界でいちばんかわいいです～～ブスじゃない。これ常識。それに仕事猫もかわい、　あ、ほら見てみ。（通りがかった工事現場の囲いには仕事猫の標語ポスターが並ぶ。そのなかで手洗いを推奨する猫を指差せば「これは蘭丸に似てる」と笑って、さて到着したゲーセンにて囚われた仕事猫を発見すれば激突せんばかりの駆け足で箱に近寄ろう。「ほらほら」と袖を引くのはお誕生日様のわがまま初手。）三国の腕の見せどころだよ。いける？

む、（たとえば強がってみようとした「無理じゃない」は一音目にして詰まる。）無理だな……。（あえなく敗北すれば「わたしはこのへん」と、腹にしまわれた差し入れの分だけ肉付いたかもしれない自らの二の腕をつまんで無駄な小競り合い。店内BGMのなか、税抜590円のツケもなにかと入用な女子高生の財布には痛く「やっぱちょっと残しといて」と軽々前言撤回する意思のよわさを晒した。）ぎょろぎょろしてるのがいいんだよ。ふだんツンツンしてるのに夜中気づいたら横で寝てるときのよろこびを知らないんだな～～三国は。（酷評もなんのその、猫飼いの優越感が口許に笑みを浮かばせたなら「ほら見て」と足許でまるくなる猫の写真を見せよう。）崩そう今すぐ！あ、こっちのチロルチョコも崩せそう。ほらここ。（ほいほいお菓子の山に惹かれれば、あとひとつのチョコで押し出せそうなクレーンを指差す浮かれぶり。さて目的の仕事猫を前に「ま～～～たブスって言った」と文句垂れたら、）ん～～～（あっちから見たりこっちから見たりと様々な角度でお気に入りを捜索。横から覗き込み、取りやすいと言われたそれよりも少し奥まった場所にある、正面に背を向けている猫を見つけたならばこころを決めよう。）これの顔がいちばんすきだな。ど？（可否を問う一音も期待がふくらみきれば「三国を信じてる」と両手のひらを合わせ、それが宙に浮くことを祈った。）

あ、　三国。インコと添い寝してる動画あったよ。（ほうら、と顔の前に突き出したスマホは動画再生中。ところが添い寝相手は飼い主じゃあなくかわいらしい子犬だから彼の期待とは異なるかもしれず、しかし「猫とハリネズミもかわいいんだ」と脱線する語り口も存外たのしげだ。高代家のカースト予想に頷けばひとこと「てっぺんが猫なのは世界の真理」だと笑おう。）お高級な差し入れに慣れたくちを引き戻してやろ。（到底コンビニでは手に入らない菓子たちからコンビニじゃド定番の菓子たちへ。ドーム内で今にも崩れそうな山を形成する菓子は後々からっぽのリュックにぎゅうぎゅう詰めにするとして、ひとまずは彼と仕事猫のたたかいを見守ることにしよう。ハチ公よろしく「待つ待つ」と頷けば「がんばれ～」の声援は後ろから、横から、ついでに斜め前からも。宙に浮かんだ仕事猫に目を見開いたのも一瞬、）あ゛っ（喉の奥から転がり落ちた声はたいそう間抜けなそれ。「惜しい～」「落ち着いてこ」「三国ならできる」とコーチみたいな言葉つきを送ること暫し、）　　やった！（跳ねたのは語尾のみならず踵までも。頭の上に乗ったぬいぐるみを上げた両手で掴めば、おんなじように笑ってよろこびを告げる。）ありがと。かわいい。（彼が不細工だという猫の顔をつんつんとつつけば満足げ。「すっからかんは回避できたね」は彼の腕をほめたたえることばだ。）記念に撮っとこ。ふたりと一匹で？（伸ばしたスマホはインカメ。腕が足りなきゃみんな見切れた一枚も思い出みたいなもんだ。）

背中に顔ぐりぐり～～ってやったらね。このへん引っ掻かれたんだ。（あごのラインを辿り耳たぶ付近を差す指先。うっすら残る一本線をなぞっての「だから心して挑めよ」は激しい気性の猫が牛耳る高代家に来る際の忠告で、しかし「おやつがあればデレる」と攻略法告げるくちは楽しげに笑った。）あるある。もうすぐで松岡修造が憑依するとこだった。もしくは高岸。（まったく締まりのない声援とは程遠くあつい男らの名前を並べ連ねて文句から逃れようとし、ぬいぐるみの両腕を掴んで動かすおあそびは無意識のうち。）うれし～～部屋に飾んね。なんなら今日は抱いて寝よう。　あ、わたしの腕みじかいって言った？（文句を垂れたところで実寸におおきく差があるのは事実。スリーショットが撮られるころにはとんがった口先も笑顔に変わるようなフットワークのかるい感情で、「貶されてる？」とは不満たらたらの言い草なのに楽しそうでもあった。）全部取ろう！　は、さすがに欲張りかね。みんななんでも好きって言ってくれそう。とりあえずチロルチョコに挑戦～～っと、（彼の言葉に乗るがままコインの投入された台と向かい合う。右から左から見るもコツは一切わからず、一先ずボタンを押せばチロルチョコを掬うべくアームは降下。）もうちょっとじゃん？　いける。いこう！（彼のもう1cmの隙間を見て急かす声は最終的に「いけ！」の命令口調にまで発展する。そうしているうち、おのれの台にて掬われたチロルチョコが落下し、）　　あ。（一投目にして山は崩れ落ちる。彼のそれよりも前に。）

こうしたり、（ほっぺを引っ張ったり）こうしたり？（ほっぺを押し潰したり）やだな。大切にしますよ。（ほっぺを痛めつけるおこないと態とらしい敬語はあまりにも矛盾していて、散々の仕打ちを受けた彼の分身の頭を撫でるさまもどこか演技じみている。根に持った「ブスなのに？」は口をとんがらせるも楽しげなまま、猫に寄せた顔して「撮って」とツーショをねだった。）え　え！　すごくない？すごくない？　手震えてる。（痙攣のようにぴくぴくと震える指先は初手で崩れ落ちた衝撃を物語る。興奮するきもちを落ち着かせるように結んで開く手のひらは、しかし三度繰り返したあとでもぴくりと動く余韻を残した。）やだな～～暴れんでよ。他人のふりしちゃうよ。（勝ち誇ったように鼻歌うたう一方、ゲーセンのど真ん中でじったばったと大暴れする高1男子を想像すれば2mほど後退り。ひびく治安の悪い一音に目をまんまるくし、）ちょ　ちょいっ　やめ！やめなさい！（台を蹴り上げる悪事を腕をぐいぐいと引っ張り制止させんとしたところで時すでに遅く、鳴りひびく警報音は絶望のしらせ。）な～～～にやってんの！？悪ガキか！（おのれのリュックを引っ掴む彼にツッコミは届くか。がらんどうなそれに菓子を詰め込んでいくさまを前にして呆然と立ち竦むこと数秒、）え　えええ………（歩幅のちがいを思い知る逃走劇は、繁華街の人混みをすり抜けて行きつく先にて停止。）　　共犯になってしまった～～～（凡そ10mほど先にあるスタバさえも眼中にないほどの罪悪感は彼の顔にぎゅう～～～と仕事猫を押しつけることで発散しよう。）

す～～は～～～　お　落ち着いた………。（窘められれば深呼吸を数度繰り返し、ようやっと得た呼吸のおちつきを噛みしめるように心臓あたりを掴む。背負うものがないだけ身軽であったが、手を引かれるがまま全力疾走した先の疲労感は精神的なものも由来していただろう。解放された手のひらを結んだり開いたりする逃走劇のおわりは意思に反してさみしさを伴っていた。）びっ　　くりしたのはわたしのほう！だ！（どの口が、と言わんばかりに彼の頬をぎゅうと引っ張る仕返し。彼に預けたまんまだったリュックに「持ちますよ」と手を掛け、もし素直に渡されるならばお菓子がぎゅうぎゅうに詰まったおのれのリュックを背負うなり「おも！」とその成果のおおきさに目をまんまるくして驚くことだろう。）ほんとに？反省してる？　て、もう笑ってんじゃん～～（反省のことばを聞いて早々噴き出すさまを見ればおのれの口許をつついて指摘し、）見捨てるつもりだった？　そうだよ一緒に怒られて。腕掴んで逃がしませんからね。（ほうら、と彼の腕を両手のひらでがっしりと確保する。そもそもの元凶が彼であることをくちは肯定しなかったが、「出所したら豪勢なもん奢ってもらお」と堂々見返り求める冗談を語るあたり共犯者しかも主犯と認定しているのは確実。しかし彼が口止め料を持ち出せば掴んだ手はたやすく離れ、ほいほいと釣られるかろやかさで洒落た敷居を跨ごう。）奢ってくれるん？（いよいよ会計といったところで今更問うのは、お誕生日様を利用したわがままがどこまで許されるのかと疑問であったから。兎にも角にも得た期間限定フラペチーノをたいそう満足げに飲み干したならばモンブランとシュガードーナツくらいは自腹で分け合うとして、別れ際に差し出された紙袋は眸を忙しなくしばたかせて受け取るだろう。）ゲーセンとスタバで大大大満足だったのにまだくれるの？（見ていい？と一応問うてから中を覗く。蓋部分の猫が見えたならば表情には間違いなく喜色がにじむだろう。）かわいい！これ蘭丸に似てる～～　やった。うれしい。ありがとう！（上機嫌も上機嫌。だからそんなところに余計なひとことが降ってきたってちっとも痛くない。笑って、）め～～～っちゃいばらせてもらお。だから三国も追いついたらいばっていいよ。（それはきっとすぐ。いつもよりもずっとかるい足取りで帰り道をゆこう。）