（はねた後ろ髪が異国の夏風に流される朝食後。あの子の言う通り、別荘の裏手には件の映画を彷彿とさせる「ちょうどいい」階段があった。その階段のいちばん上、黒Tに重ねたオールインワンのえんじ色が丸めた背中の存在感を強くし、わざわざ口に出さずとも「ここにいます」を語る。しゃがみこんでBluetoothのスピーカーをセット。試しにサントラを流すころ、階下に見えるのは待ちびとだ。）し～～～ま！瀧くんになる準備はおっけ？（万里の長城並みに長くなきゃ聞こえるだろう音量で呼びかけ、そのうちゆっくり下っていけば小芝居のはじまりはじまり。安っぽいスピーカーからはラストシーンを彩るBGMが流れている。ちょうど真ん中ですれ違うころ、）　　ぶっ（忠実な再現への挑戦に思わず噴き出し台無しにするまで10秒足らず。）

（すっかり笑いに支配されたおのれと違って、わらった間こそ一瞬あれど最後まで演じ切る女優魂が階上に光る。一発OKは露と消えたが、せめて最後までやり切らんとする強い気概で彼女（役柄上彼ともいう）を見れば、のちに台詞と消える息を吸った。）きみのな、　（ふたりぶんの言葉が重なるシーンはまさしくフィナーレ、しかし「は」と尋ねるところまで言い切れずに終わるのは限界を迎えた証拠。）ぷはっ　　あ～～～もうだめだ。最初から笑っちゃった……。（スピーカーと繋いでいたスマホが感動的なサントラを止めたらドリフのメロディ―流すのがオチ。道連れを狙って「志真もほぼほぼ笑ってた」と口許を指差せば彼女に近づくため階段を一段飛ばしで駆け上り、あっという間に追い越せば一段上に到着。）未来で待っててくれた？　でもそれ瀧くんじゃなくて千昭じゃんね。時かけごっこにしといたほうがよかったかな。（時はかけられないが兎角、なにしてあそぶ？の質問ついでの雑談のはじまり。階段に腰下ろして脚は爪先まで思いきり伸ばしたくつろぎスタイルだ。）

（南国のバケーションにたいそう不似合いなドリフを背負えば笑いは絶え間なく伝染する。演じ切った彼女への称賛は「主演女優賞だ。おめでと」と持ってもないオスカー像を贈呈するフリで拍手喝采、早々に脱落したことを思えば「来年はわたしも目指すわ」の抱負も実現には程遠いかもしれなかった。）わたしも千昭だけど～～ここはあえての侘助おじさん派。それはサマウォか。（段差から浮かせた脚は宙を泳いでぶらぶらぶら。一段下に座る級友の手のひらを下を覗くようにして、タイプの男談義には「いいね」と花咲かす気満々である。）芸能人だと誰がタイプ？顔でもキャラクターでも。さん、にい、いち、はいどうぞ～～（勝手に聞いて、勝手にカウントダウンを始める身勝手さをきわめる。答えがあってもなくてもそっかそっかと笑い飛ばせる軽さのまま、）まだ。もうバカンスも終わりなのにまだ行ったことないとこ結構あんの。志真もないなら行こうよ、グリコで。ど？（よいしょの掛け声で立ち上がれば指差す頂上。そのまんま指がグーを構えたら、さあさあとグリコを強請ってしまえ。）ところで思うんだけど、グーで勝ったときだけ「グリコ」で3歩なのビミョーじゃない？志真、グで始まるいい感じの6文字言ってみて。（笑いながら委ねたひとことは人任せにも程がある。もしも彼女がじゃんけんに乗っかるならば最初はグー、初手はパー。勝てばパイナップル、負けたらなんだ？　とりあえず展望台目指してスタート切ろうか。）

（宙を泳ぐのは計4本の脚。もしも水中だったら派手な水しぶきをあげそうなバタ足はそのうち「つかれた」とだらり伸ばされて、足首ぐるぐる回しながらの「演技力磨かなきゃな～」は可能性低めだから笑えてしまった。）動物詳しいんだ！タイキックのイメージつよかったな……今度調べてみよ。志真も動物すきなの？犬派？猫派？（タイプの男談義から枝分かれするように派生していく話題は留まることを知らず、動物繋がりで尋ねるのは「アンタッチャブル柴田はナシ？」のひとこと。）中堂さんも好きだけど～～アンナチュラルなら六郎派。最近は北村匠海が気になってる。（うんうんと頷きながらの回答はしかし、「あ、吉沢亮もすきだよ」「岡田健史も……」とぶれぶれの理想像でミーハー心丸出し。彼女の「待って」を待てなかったこぶしが勝利を得ると、）はは、ごめん。待てなかった。（パ、イ、ナ、ッ、プ、ル、の6歩を進んでからのそれ。）グッドラック。うわ、ちょうグーばっか出したくなんね。（階下の彼女へ試しに向けたこぶしは親指立てたグッドラックポーズ。最初はグーに次ぐ手は先の会話に引っ張られた「圧倒的に出したくなる」グーだった。）ま　　た勝っちゃった～～志真～～～　いまの流れじゃグー出したくなっちゃうじゃん……どうやってもグッドラックの流れだったじゃん……。（喜ばしいはずの勝利は更に広がる距離へのかなしみに暮れよう。計12歩先に立てばいっそう遠くにいるように級友に向けて声を張り上げ、）次こそ勝って！志真！（展望台への希望を初手チョキに懸けた。）

スナネコの赤ちゃん見た？ちょうかわいいよね。（眸にうつるのは真面目な顔と猫ポーズのコントラスト。ネコ科談義はたいそう楽しげに「最近カラカルが気になる」と彼女の猫の手に向け猫パンチをしゅっしゅとかましたり、「犬ならサモエド」と犬派に一歩踏み入れたりもしよう。）投入て。イケメン対抗戦？料理うまそう部門だと第1位だな～～公安部門も1位。（こちらが投下すればあちらも投下。彼女の手札の強さに思案するさまは最早タイプの男談義からは遠く、彼女を待つ階上にて「神木くんは？」と笑って尋ねるたわむれ。）パイナップルよりチョコレートがおこのみの志真がだ～～～いすき、だ！（偏った解釈のさけびは階下のともに向けて。）あ。負けた。（ことばと感情は正反対。チョキは宙を切るけれど徐々に近づく彼女に頬をゆるめ、何度か繰り返す勝負のゆくえは追ったり追われたり並んだりと波乱万丈。）ん～～？　　わ、（視線は指差すほうへ、飛び出た声はおおまぬけ。ずいぶんと高く登ってきたらしいそこから望む風景は都会の喧騒が遠くに聞こえるようだった。再び段差に腰かけてしまえば眺望を仲間にした休憩タイム。）ね、きれい。移住したい、　とはまた違うかもしんないけど～～また来たいなって帰る前から思ってんの。はやい？（センチメンタルな気持ちになるのはたやすく「あ～～帰りたくない～～」と駄々こねるようにバタ足は加速。展望台への歩みを再開するまでの僅かなあいだ、未来への期待はすこしだけ。）学校の近くでちょうどいい階段探しとこ。志真との待ち合わせのために。