（待ちきれないよう響いたノック数は対面してより一層色濃く映る。彼女らしい端的な物言いと未だ焦らされる目的も「ミステリーツアーみたいだな」と思わず鼻から呼気漏らす程度の余裕は、恐らく己の提示した三択と思っていたからだ。ちょっと待っててと一旦扉閉め、手早く水着に着替えラッシュガード羽織れば、ぴょこと揺れる二つの尻尾に付いていく道中、数字の種明かしが快活だったのに比例するよう男の顔ばせが「げ」と軽く歪んだ。）……知ってる？俺が1番やりたくないかなと思ってたのがバナナボートだったの…。（勿論バンジーのような突飛なものを除いてだが。いつだったか、南の島でしたいことを聞かれた際にそう答えた紛れもないバナナボートを前に目を細め）うん、逆の意味？でガッカリしてるよ……すごい狙いすましてくるよね……。（最早才能とさえ思えてくる悪戯感。ニヤついた瞳にジト目向け「俺一瞬で振り落とされる自信あるよ…」とは男女差があって尚恰好付かぬ体力なしの表れだが、彼女の気遣い受けてテンションが少し浮上。）…はは、どーもありがとう。そこはちゃんと調べてきてくれたんだ。まあ、アンタとじゃなかったらきっと来なかっただろーし、記念に1回くらいやってみるか…。（意を決せば乗り場をきょろと見渡す。日本人が楽しそうな写真が多いことで自分を鼓舞し、度入り水中眼鏡をレンタルしつつ「アンタはやったことあるの？」と用意の傍ら雑談を。）

（小さな身体から群青の空へ響く大笑いに予想外の色が混じっていれば、彼女の言う通り狙いすましたメジャー級のストライクは寧ろ此方の方なのかもしれないけれど。「全然誤廣化せてないよ」と音の出ない尖った唇に双眸細め、もし口答えがあるなら親指と他4本の指で頬を挟んで口封じするは子供染みた八つ当たり。）アンタは裸眼？2.0くらいありそーだよね。水中もすごい小さい魚とか見えてそう。（揶揄ともとれる本音が瞳を震わす。裸眼0.3で目を眇めた回数はきっと数知れないから、水中の視界良好の初体験に小さく思いを馳せ）はは、頼もしーな。道連れにならずに踏ん張れる？（小さく華奢な背中が大きく見える術を自然身に着けているような気がする。が、元気よく響く経験なし宣言に「不安だ⋯」とラインと同様テンションは下降を辿ろう。駆け足に姿が更衣室へ消えたならワンピース姿での再登場もあっという間。「バナナ色、あわせた？」と眼鏡オフし水中眼鏡を額へセットした姿で感想告げて、迫られた二択にライフジャケット着つつ件のボートをよく見ようと細めで凝視。）うーーん⋯⋯。まぁ、でもバナナっぽいのは縦だから縦かな。道連れもできそーだしね。（こっち、とパリピ感強めの体格良い金髪碧眼のお兄さんに伝えたなら出航準備と相成るか。「アンタが前でいい？」と希望があるならどちらでも結構、その隊列でバナナへ座って出航だ。）ただ乗ってる分には気持ちいーんだけどな（陸からジェットスキーに引かれ潮風を感じて。）

それ見えてるっていうの…？俺と変わらないよ。さすがにニモはゴミと見分けつく？（視力二重丸の憧れを崩された気さえするが、それは入江の興味の問題なのかどうかを探るように。「俺も初めて」とか「わかんなくて上に乗っちゃったらごめんね」なんて本音と冗句を綯交ぜにした出発前のやりとりは、楽しみ満点の彼女とは正反対に緊張解す為も然り。この場に日本人は1人だったかと錯覚するヨロシクの合図で出航。）アンタの声はいつでも聞こえるよ！（言外のいつも大きいを投げる此方は風に掻き消されぬように平生よりボリュームアップした声。聞こえてると信じ、広くアクションしたいのか沖へ出るバナナボートは依然爽快な風を感じるだけだが、快活な声から不穏な風が吹けば）俺だけじゃなくて恥ずかしいことは普通あんまり叫ばなくない！？しかも誰かさんは聞こえてるでしょ！（口ぶりが精一杯の何でだよ！を物語っているのは伝わるか。それでも反論あれば観念したように一考する。なくとも海外と海上で気が大きくなるのも道理で、徐に口を開けば）…オムライスが好きーー！（ビューンとジェットスキーのモーター音が掻き消してくれる心地が案外気持ち良かった子供染みた好物の一つ。）アンタも叫んだら？ここでしか言えないこと！（どこでも叫びそうだけどまあ一応と聞いてみる。恥があるのか興味もあった。ジェットスキーが目的地で止まり、バナナボートが正に始まるまでもう少しの頃合い。）

（ハードル下げようとする口ぶりは波音と思考を止めなかったせいで聞こえなかったのが凶と出たけれど。揶揄孕まぬからっとした笑声だけが耳朶へ響くから子供っぽい好物の恥は彼女の前だけでは、さっきまであった雲のようにやんわりと消えた。）好きそーだよね。ケチャップのとかさ。（此方も揶揄でない本音が滑り出て。太鼓判押されたボリュームは叫びすぎて普段使わぬ喉が疲れてきた筈なのに、次ぐ予想の斜め上の主張が晴天へ轟けば）そーいうことじゃない！！（案外まだ出た。）それは俺も嫌だし、でも違う、恥ずかしいこ、　　　～ぅわあっ！？（彼女への責めも程々に今度はまた違う声が出た。先程よりぐんと速くなったスピードに旋回も加わり、投げ出されそうになった身体は必死でバナナへしがみつく。始まるって言えよ、の小さな悪態は風で喉から息と成って出てこなかったが、問いかけられれば別で）今のやばいし急に来るのやめてほしい！よく後ろ見れるよね！？運動神経すごいよアンタ。（未だ続く振り回し、荒ぶるバナナに必死でしがみつくこのバランスを崩したら己がドボンなのは目に見えていた。「死ぬ…」どちらも落ちぬままだと第1回が終わらぬ振り回しに腕の力は限界寸前。ふと緩まったスピードに終わりかと手を緩めたその時、）　　あっっ！？（ドボーーン。緩急の攻撃にやれらた男は入江を道連れする暇もなくそのまま海へ真っ逆さまだ。再び海面に顔を出したなら彼女と視線が合うのは上か、将又。）

（火事場の馬鹿力ではないが、落ちたくないとの思いがひ弱な男を暴れバナナへ留まらせた。ついでに秒殺は流石に、という一匙ばかりのプライドも。）う、うぇい……。（快活な少女と反比例するが如く既に満身創痍のエアボイスタッチ。虫の息はけれど励ましなければより一層沈んでいただろうから、エンジン音や波音より元気なソプラノがクリアに響いていた。筈だった。けれど勢い良く沈んだ水中も一瞬、ライフジャケットの浮力で浮いた身体はゴーグルにより良好の視界にて、案外近くに停まっていた大小ダブルの黄色を捉え救助されようとぷかぷか呑気に浮いていたが、）………は？え、　　ちょっと！？待っ、　　（バッシャーーン。今度は飛沫一色の視界不良。余りある元気を目一杯ジャンプに込めた身体は華奢であろうとこの男には受け止め難く、されどもすぐ隣へぽこっと顔出した満面の笑みがヒロインの台詞めいているから）……ふっ　　あはははっ。（思わず破顔しゴーグルを上げる。涙とも海水とも知れぬ眦の水を拭って「救世主みたいだね」）まあアンタがこっち来ちゃったら俺たちあの人に助けてもらうしかなくなるけどさ。（視線で困惑した表情の運転手指し、未だ眦下げたまま笑声で告げる斜め上少女へのいつもの正しは此方へ飛び込んだ意図など察せぬゆえに。）もう1回する？今度はわざと手離してみたら？たぶん落ちる瞬間アンタなら楽しーんじゃないかな。（折角ならとした提案は「ただし俺が落ちる前にだよ」余力だらけの少女へ念押し一つした後、運転手に不格好に引き上げてもらおうか。）

孤独に海に浮かぶ俺にとって孤独じゃなくなる救世主？なんだろーな、ラピュタのシータみたいな…？（空から女の子が落ちてくる、なんてロマンチックをなぎ倒すような豪快な落ち方だったけれど。言っておいて違いにまた一人小さく笑えば一緒にSOSの手振り。未だ笑みは抑え切れぬ様相で）人のが羨ましくなるのかな。でもあの人の顔見た？俺たち落とそうと必死で振り回してたのに自分から落ちていってすごいびっくりしてたよ。（救助で此方へ近付く男を視線で指し示しつつ、ぷかと海へ浮かぶうち「楽しかった？」と実際落ちた感想求めてみたが、多分彼女が海へ飛び込んで一番楽しんだのは己だという自覚はあった。なんせ頬が痛い。）ええ……すごいめちゃくちゃな駄々だ……（不満を隠しもしないあからさまな駄々に困ったように眉尻が下がる。けれど腰落ち着ける前、じゃあとした提案は）俺が前に乗るからアンタ今度は後ろに乗ってよ。で、片手はここ。（手首を掴んで己のライフジャケットを触らせる。「逆道連れね」態と落ちる気がないならどうせ己が先に力尽きることは明白だから。再度爽快な風が湿った黒髪の水滴を飛ばす中）ありにはなってない！進んでやらな　　ま、　～～ぅわ、や、　（ドボーーン。二度目は緊張の弛緩からかあっけない幕引き。果たして逆道連れは成功したか、また海月のように漂う二名が海へ浮かべば）どーだった？俺は鼻に水が入ってツーンってしてる……。（鼻筋を触りつつ、でもと逆説繋ぐは）いい思い出になったかな。（ありじゃないけど、楽しくない訳じゃなかった。）