（連絡アプリでやり取りを重ねながらも出掛ける支度を着々と進めていた。集合場所を送ってから程なくして、緩くハーフアップにまとめられた髪を揺らして玄関ホールへ。総レースの白いトップスは五分袖、中に着ているタンクトップの黄色が覗いている。ジーンズ生地でダメージ加工の施されたショートパンツから伸びる脚の爪先は高めのウェッジヒールの白いサンダルに収まり、歩きやすさはばっちり。荷物は必要最低限にと思ったものの何やかんやと色々詰められた生成り色のトートバッグを肩にかけて、自然と持ち上がるテンションを表すように爪先がコツコツと鳴る。やがて近付いてくる人の気配と共に足音が聞こえたなら振り返ろう。）紘ちゃん！喝入れにご協力ありがとうございます！行きますよ～！（大きく手を振って迎え入れて、準備に問題なければさっそくと足を踏み出す。「今日もいい天気ですねえ」なんてどこにでもある世間話を挟んでから問い掛けるはこの喝入れの元々の理由である。）紘ちゃんって泳げるんでしたっけ？（さんさんと照り付ける太陽から隣を歩く彼女へ視線を移して、話題のひとつめ。）

（南の島に足を踏み入れてから毎日いつだって”楽しい”が詰まっているけれど、今日のこれからはまた格別だ。ぶんぶんと大きく振っていた手を下ろしながら満面の笑みはとどまるところを知らない。）へへ、私も紘ちゃんと遊びたかったっていうのが一番です。サングラスは持ってないんですよ、なにせコレ（己の眼鏡を指差して、）を外すと要介護なので……。（しっかり度入りの眼鏡はどう頑張っても手離せない。とはいえ色付き眼鏡への憧れはどうしたって捨てきれないから「写真撮るときだけ借りてもいいですか？」と付け足した。）はい？　あ、爪ですね！塗ってありますよ、昨日の夜に黄色にしたんです。（右手を持ち上げて明るめの黄色で彩られた指先を掲げてみせる。色を変えたのは単純に気分だが、明るめの色を選びがちなのはやっぱり浮かれているからだろう。）プールならまだビート板があれば……という感じなんですが海はちょっと波が怖くてですね……。（端的に言えば砂浜に戻れなくなりそうで怖い。要は気持ちの問題。だからこその喝入れである。）

よぼよぼでぼけぼけになっちゃいますね。コンタクトは……これも勇気が湧いたら……？（裸眼では障害物を避けて一人で歩くことも儘ならないだろうから彼女の言い誤りもあながち誤りでもない。だからどっちも重ねて頷いてみせてから話題がコンタクトに及べば遠くを見るように視線は斜め上へ。もしかしたら喝入れ案件にこれも追加だろうか。）やった、ありがとうございます。気分上がりますよね！手の爪ってよく見るところですし。　わ！ほんとだ、可愛いです！そっくりだと思いますよ、戻ったら確かめてみますか？（隣に並べられた彩に目を丸くしながら顔を上げて嬉しそうに破顔した。空港で「可愛い」と褒めてくれた彼女が其れに似た色を選んでくれたことに沸き上がる喜びは大きくてその海色を黄色でつつく。）またとないチャンスだと思うんです、もうこんな綺麗な海に入れる機会なんていつあるか分からないですし。はい！レッツ喝入れです！（力強く掲げた拳をぐ、と圧強めにぶつける。日本食は久しぶりだ。目の前に開かれたメニューの隅から隅まで視線が上へ下へ。）う～～ん、どうしようかな……よし！マグロかつで！（ちょっと変わり種を頼みたい欲、継続中。日本語で問題なく注文済ませて、出された緑茶を一口飲めばほっと一息ついた。久しぶりの味である。）

そうなんですよ、だから今やりたいことは全部やっておきたくて。帰りの飛行機に乗るとき「全力でやりきったな～！」って思いたいんです！今までずっとインドアでしたけど、今はアウトドアになりたい期間中といいますか。（例えば国内の南の島ならばハードルはぐっと下がるだろうが、それにしたって数年後の話だろう。後悔をひとつも残したくない。第二の高校デビューと定めたこの夏休みに踏み出した大きな一歩による変化についてはもちろん自覚があるから同じように表情が緩む。）やっぱり落ち着きますよね。（久しぶりの緑茶の味にほっと一息、）パリピを目指して日々努力中ですよ。パリピに恩があるわけじゃないんですけど……なんかこう……はっちゃけたい、みたいな。イケイケ？になりたい。（いざ行動原理の理由を問われると言語化が難しくてちいさく唸る。やがて飛び出た言葉の後ろには疑問符がついていたが、何となくでも雰囲気は伝わるだろうか。なんとも食欲をそそる揚げ物の匂いがしてきた。）

ガ、ガングロ……！その発想はありませんでした！（そこまで考えが至っていなかったのは、色々と浅はかだったのか単なる情報収集不足か。どちらにせよまったく考えていなかった”日焼け”という概念にぱちぱちと目を瞬かせて、己の手を差擦る彼女の手のひらを見下ろした。「大丈夫ですばっちりです！」と親指上げてサムズアップ、その言葉に嘘はなく今日もトートバッグの中には塗り直し用の日焼け止めが入っている。）そうそう、そうなんですよ！強そうじゃないですか！どこでも生きていけそうで！（楽しめれば生きていけるわけでは決してないが、例えば無人島で生き延びることができるような生命力の強さを感じるのだ。）サマリン島に来て随分近づけたと思ってます。なんぱー……うーん、49パーくらい…？（つられるように首傾げて出てきた答えは控えめと取られるかそれとも強気と取られるか。当人からしてみれば謙遜も誇張もない。待ちに待った品が目の前に置かれたなら思わず歓声を上げつつ同じく箸に手を伸ばしたところで、）私も喝入れでカツを食べるのは初めてですが……、一言、一言ですか。　……海に入れますように！（喝入れというよりは星に願いを。そのままの流れでパンッと勢いよく掌を合わせて「いただきます！」すればさっそくマグロかつを一口。サクリと良い音がした。）

馬渕くんも心ちゃんも確かに生命力強そう……、　せ、背中！？もしかして紘ちゃん、小糸ちゃんと背中洗いっこしたんですか！？（脳内にぽんぽんと同級生の顔が思い浮かび、そんな中の一人との話が飛躍すれば驚きに分かりやすくぱちぱちと目を瞬かせるもすぐに冗談なのだと察したなら同じく口角持ち上げながら問いかける。足りない１％をあっさりと掬い上げてもらったことに満面の笑みになるまで然程時間はかからなかった。この何でもない時間だけで１％どころか数％上昇した気がするし。）サングラスはパリピの代名詞ですよね。えへ、名乗っちゃおうかな。（母国の味を思い出させる久しぶりの味に舌鼓を打って、「紘ちゃんのも一口欲しいです、私の一口あげるので！」とは目の前のヒレかつもどうしたって美味しそうに見えたから。一口交換がはたして上手くいったかはさておき美味しい昼食に満足した足取りで燦々と照り付ける日差しの中へ。頭の上に乗っけられたサングラスに手を伸ばしてその感触を確かめて、繋がれた手をゆっくりと嬉しそうに振る。借りたサングラスを乗っけただけで攻撃力が増した気がした。）パイナポー！いえ、ありがとうございます嬉しいです！（ついて行こうと同じ方向へ爪先を向けて──）……ふは、そうでした。お店の場所は私しか知らないですよね、　…えーっと、あっ、こっちですこっち！そんなに遠くないはずですよ！（思わず吹き出してけらけらと笑ってから視線を右へ左へ巡らせる。右手に通りの名の標識見つければ繋いだままの手を引こう。楽しい時間はまだ続く。）

お、おばか？ダブル眼鏡そんなにまずいですかね……。でも楽しいからこのままでいきます！（自分としては予想だにしていなかった評価に一時の焦りを見せるも結局意に介すことなくそのままの状態で道をずんずんと突き進む。手を繋いだまま言葉の通り程なくして到着した店内に意気揚々と足を踏み入れ、英語ばかりが並ぶメニューを見上げる。読み切れない文字もあったが大方は理解できたし、事前に注文内容も決めていたから問題ない。己の後ろから一歩も踏み出そうとしない彼女に「私のと同じで大丈夫ですか？ガイドブックで見せたパイナップルのやつです！」と振り向き問いつつ、少々語尾にたどたどしさを残して無事に注文を。やがてカウンター越しに手渡されたまるごとパイナップルに揃って目を丸くして、）思っていたより大きいですね！　……あ、あそこのテーブル空いてますよ。外の方が綺麗に撮れますかね？（店外のパラソル付きのテーブルにひとつ空きを見つけて向かい合わせに腰を下ろせば二人の中心にどんと話題の品を。太陽の光が直接降り注いでジュースの水面がきらきらと光っていた。より良く写真を撮るためのノウハウはあまり持ち合わせていないから、トートバッグから取り出した携帯のカメラモードを立ち上げレンズに映しつつ今度は此方がお願いする番だ。）どっちから撮った方がよく撮れるでしょうか？　紘ちゃんだったらどう撮ります？

（何せハジけに来たのだからそれなら全く問題ない。注文終わりに後ろから聞こえてきた拍手に少しばかり嬉しそうに胸を張った。なんにせよ予習の成果が目に見えて現れるのは嬉しかったから。揃って空いているテーブルについてからは先導者は彼女に交代。）はい！お願いします！（被写体が人であろうと物であろうと撮影が上手なのはどちらかなんて明白だから彼女の申し出にこくこくと頷いてジュースにレンズ向ける姿を静かに見守っていた――のだが、生命線と同等の眼鏡を取り払われ慌てたのも束の間、目の前が薄暗く覆われればそのぼんやりとした視界をきょろきょろと。焦っている間にあっさりと手の中の携帯は彼女の手によって抜かれていた。）全力でパリピる！任せてください！　…あーーっと、多分？これが紘ちゃんのスマホですよね？（視力を奪われただけでなく慣れない薄暗さに戸惑いながらなんとかぼんやりと見つけた斜め上に掲げられている物体を指さす。顔の向きを微調整してもらいながらピースサインも付けて何とか一枚目。）イイ感じです？　はい！えっとストローは……っと、イケてるお嬢さん……こうかな……（ストローの位置を探るにはまた介護が必要かもしれない。脳内に思い描く”イケてるお嬢さん”を具現化するべくストローに口をつけたり空を見上げてみたり。暫くしたなら今度は自分が撮影者に回り被写体の彼女を何度も撮ることだろう。ようやくジュースに口をつけて「美味しい！」と嬉々とした声を響かせるまであと何分。）