（強引なまでに逢瀬を乞うたからにはと、下調べも存分に。カメラロールには店名、地図、メニューの３枚のスクリーンショットが並ぶ。二本に結わいた三つ編みはご機嫌を示すように一歩足を踏み出すごとに跳ねて、半袖の黒パーカーはオーバーサイズでインディゴのショートパンツを半分以上隠すか。爪先のビジューついたサンダルは待ちきれないとばかりに足取りを急かして、玄関ホールまで早く早くと。）　　おまたせ。待った？（見つけた背に沸いた悪戯心は抑えきれず数メートル背後からは抜き足差し足。もしもまだ先刻LINEで聞いた自撮り会が継続しているなら、きっと挨拶と共に液晶画面に少女の肩から突如としてもうひとりのかんばせを映し出すだろうけれど、果たして。）

不意打ち大成功。（期待を裏切らぬ反応はじつに快然たる心地で、僅か数センチの身長差を埋めるべくした踵を地に着けた。橙の花が衣服に咲くさまは、青空で咲う太陽にも似て、1年1組内の彼女にも似る。一瞬双碧とかち合ったまなざしは耳障り好い笑い声につられるように自然液晶の中へと吸い込まれ、鼻から抜ける笑みを呼び起こし）なはは。保存すんの？よくみて。このニュッとしてるわたしも真顔で割と怖い。（とはいえ、それも思い出の１ページと存じているからこそ削除を促すでもなく、代替としたのは踏み出した一歩だ。）ほんま？うれし。（一回転で揺らめいたスカートの裾がご機嫌なように映じたから、その三文字は真実か否かを問う意味は織り成さず。異国の地の休みなしの日射しもそろそろ慣れた頃合いだ、「心は、」その一言目を乗せた舌先はぎこちなさを乗せていない筈だけれど。）洋楽とか聞く？今から行くとこ、かけてほしい曲あったらリクエストも聞いてくれるらしいで。（事前情報は少女の趣味を知る機会に早変わり。大葉が落とした影を意図的に踏みながら、ゆく道すがらを彩るのは他愛ない話でいいことは、平素と違わぬかんばせとはちぐはぐな軽い足取りが伝う。）

（巽特有の胸裡に渦巻く花恥ずかしさは、ファーストネームは相手の特別なものと捉えることに起因する。陽光を吸収したような双碧を把持する少女すらも目映く覚えて、視界を敢えて細めては）えっ、それタイトルなんやっけな。ナツメロじゃない？（鼻唄に聞き覚えこそあれども、解には辿り着けず思案投げ首。関心を孕んだまなざしとかち合えば、自身を晒け出す面映ゆさから道端のアスファルトに大仰に視線は落下するけれど、）普段はJ-POPも聞くんやけど、せっかく海外来たから洋楽も聴こ～って思って。ってゆっても、QUEENとか有名どころだけやけど。（鼻唄につられる侭に出鱈目なステップ踏む徒行も喜悦を映じて、木漏れ日差し込む道すがら睫毛の影が落ちる。）こっちのエビおいしない？プリッとしてる。みんなと一緒にいる分の、楽しい・美味しい補正なんかな。わたしはこの、（ポケットからスマホ取り出してスワイプ。カメラロールに残したスクショを彼女の前に手向けては、）このナチョスが食べたくて。（尽きぬ話題を風呂敷の如く広げたけれど、ポップな看板がネオンで輝くさまを捉えれば高鳴る胸を悟られぬようにと懸命に拵える冷静なかんばせが目的地を示した。）あそこ。たのしみ。

あは。それや。マンマミーアとかマネマネマネー…とか歌ってる人やない？（此方も正確な歌詞が唇に乗るほどではないけれど、曖昧な鼻唄がご機嫌に紡がれる。応酬のうちに意識は少女の家族構成へ、「スペンサーが名字てことはお母さんは日本人？あれ？ハーフやっけ」はもっと君を知りたいの合図となるか。）これで幸せ太りしたら、イケメン収穫した暁にはもう大変なことに……？（左右非対称に持ち上がった口角を隠すように掌は大仰に口許を蔽うけれど、「でもごはんがおいしいんはいいこと」と付随させた本音は飄々と。太陽照りつけた道中とは打って変わって、陽気な音楽に包まれた快適な空間には鼻からめいっぱい酸素取り込んで肺までお届け。少女の首が傾くならば、席につくまでの数メートル、答え合わせとばかりに少女の掌に自身のそれが伸びた。）顔には出にくいかもやけど。……たとえばこういうことすると普通に照れるし、仲良くなれてうれしいなっておもうかな。（彼女の爪先まで整っているであろう小指に自身の小指を一瞬だけ絡めたなら、きっと着席まであっという間。ぱっと放して素知らぬ素振りで着席に至り、メニューでかんばせをさり気なく隠した。）さっきゆってたナチョスと、あっ、わたしこれ飲みたい。（メニューをテーブルと平行まで下ろしたなら、傘が飾りとして刺さっているブルーハワイの写真を指の腹でとんとん。）

（道中響くミュージックも、異国の広さにかまけて迷惑ではないと自己判断。よって曲に合わせた小さな鼻歌はとどまらず、「そしたらベースの金色は地毛？」と虹のようなそれを仰ぎ見た。店内でかかる陽気な音楽とマッチする店員たちの洋々たる声に導かれて、自身でもかんばせに反映されたか存ぜぬ羞恥は空調が冷やしていくけれど、）ハントしちゃった？カクゴしなってゆうたやん。（褒辞を直線的に受け取ることは不得手だから、過日の応酬を想起した天邪鬼はすっかり何時も通りを装った。さりとて机の上のメニューまで覆う程の勢いには覚えず瞠目、つられるように「えっ？」。二度の目弾きで理解得たなら、少女の肩が力抜くと同時鼻から小さく笑みが抜ける。）なはっ。アルコールとノンアル選べるの知っててん。びっくりさせてごめん。（提案を断る理由もなく首肯ひとつで快諾の意を示すけれど、その頃には陽気な店員は到着済み。注文を二人分済ませてしまえばメニューが回収されたテーブルは広い。）お酒飲むとだれがイメージかわるやろ。気にならん？（空きっ腹を誤魔化せるのは唯一、愉悦に満ちた会話のみと知っている。故に脳裡に描いたのはクラスメイトの面々で「入江がめっちゃ甘えん坊になったりしたらかわいくない？」はすべてを妄想で補填した。）

きれい。（表情ひとつ変えずに紡いだほんの三文字は、自然光の目映さによって細められる前の数秒で簡単に転がった賞讃だ。少女の体躯が前のめってふたりのあわいが数センチ近付くなら、彼女にしか見えないことを言い訳にして普段から装い続けているかんばせは崩れ落ちた。「あはっ。」小さな笑い声が鼻から抜けたら自ずと口角は両側見事に上がる。素直な少女の褒辞は真っ直ぐするりと胸裡に落ちて、じわりと全身に広がることを知った。食事が届くまでの束の間、手持ち無沙汰の人差し指は三つ編みの尻尾をくるくると巻き付けて思案。）わかるわかる。みんなハイになりそう。お酒なくても既に割とハイやけど。でも強そうな人が意外と弱くてすぐ真っ赤っかになったりしててもたのし。（果たしてアルコールの威力は如何程か知らぬ存ぜぬだからこその妄想の産物だから、鏡映しみたいに巽も肩を竦めた。テーブルに並ぶ料理に腹の虫は鳴くけれど、制止には確り従う算段でならばと此方も。）まって、わたしも　　はいチーズ。（彼女にカメラのレンズ差し向けたならポートレートを２枚ほど。）オッケー、食べよ。ありがと。あ、ストローもさそっか。ん～おいし。心、これ食べた？あ、エビもほしい。（見慣れつつある海と空の蒼に似たその中にストローを二本ぽちゃん。それは仲良くわけっこの合図としよう。咀嚼嚥下の間も話題尽きず、店の喧騒に紛れたとてきっと鼓膜揺らすのは彼女の明るい笑い声だから食事の美味しさはきっと体感二倍以上。）

そのへんでスヤスヤしたら連れて帰ってくれる？（甘ったれが顔を出すけれど、そのかんばせは大人の体裁整えるちぐはぐさを露見。その不整合は彼女からの淀みない賛辞に基づいているから、視線だけは素直の色を乗せた。確りとモデルの役を買って出てくれる彼女には過日のLINEの続きが一番似合う。「うん。カワイイ」）え、シュリンプ？プリプリ？気にな、（残された一文字を喉元に押し返したのは、フォークに刺さった一匹がまるで巽に食べてほしそうに踊って見えた所為。胸裡に渦巻いた羞恥は隠せそうもないけれど、それより先海老は頭から尻尾まで丸ごと頂いてしまえ。）おいひい。（咀嚼、のち嚥下。して、）はい。（一口サイズをフォークに乗せたなら、今だけはふたりだけの世界ということに決め込んだ。そうと決まれば、無論提案に返すのはYES以外選択肢は浮かびもしない。）心のがシャッター切るのうまそ。撮って。（一本のストローを唇のさきっぽで咥えたなら、頬を少女に寄せる。あいた片手をピースしてみる写真のバラエティの乏しさこそあれど、彼女のスマホを覗き込むまなこが思い出記録への期待を灯して。撮影タイム終えて、談笑交えながらの食事は彼女とならきっと“あっ”という間なのも分かりきったことだったから、）ごちそうさまでした。 もう発展途上じゃなくて先進国になっちゃった。大好きの。（いつかを準えた声音は彼女の鼓膜にだけ届く内緒話の様相をとって、会計に向かう爪先は歩むステップ合わせた。すっかり外は暮れ紛れ、でも隣に太陽がいるから世界は明るい。）