（ぐるっと遠回りな誘い待ちラインを送った瞬間から準備は万端だ。一枚で着れる黒のオールインワンはくるぶしまで隠すくせ、がらんどうに程よく空いた背中とノースリーブが風を招く。入ってなんぼの通学用リュックに対し、必要最低限しか入れないちいさなボディバッグなら肩は軽いし両手も空く。理想的な観光スタイル。黒によく映える蛍光イエローのキャップを目印に、ブラウンのトングサンダルを履いて急ぐ。たったった、と走る足音。）ココお待たせ～～準備おっけ、　あ、待って5秒待って。ちょっぱやで日焼け止め塗る。（ハッと思い出しバッグから取り出した日焼け止めをさっさと塗りたくる。届かぬ背中に手間取って予定より4秒オーバー。さあさあ腕を組んでデートの一歩を踏み出せば太陽の歓迎に敗北。手で扇ぎながら「この太陽の下でイチャつけるカップルやばくない？」と同意求めた。）人生初シュノーケリングした。あとね～～おいしいもん食べすぎてる。南国っぽいの。ひとまわりでかくなってない？（両腕を広げて「ど？」と確認を要望。結ばれないショートヘアの後ろ髪がキャップの下ではねていた。）

まっ　カウントダウンあせるからやめ　あ゛～～服についたっ（なんせ人間、背中に目はついていない。うなじに塗ろうと悪戦苦闘、四苦八苦。おまけにカウントゼロが迫る。徐々に間延びしていくのをやさしさと解釈し、ギリ5秒に収めれば「セーフっしょ」と黒についた白い点々をはらいながら笑った。）んなこと言って、いざ彼氏ができたときおんなじこと言ってたらどーする？（言うだけ言って「や。想像したらやっぱ暑かった……」と0.1秒で前言撤回する軽い口は暑さに息吐く。）め～～～っちゃきれいだったの。やばい。あれはイッテQのカレンダー選ばれちゃうね。魚もちょう近くで見れたの。でもウミガメに会えなかったんだよ。ショック。（語る感想は喜と哀の両極端だ。彼女がぐるりと回るのを両腕広げたまま待機し、神妙な面持ち見ればごくりと喉を鳴らす。「うん……」と次に来る言葉を覚悟した意味があったのか、なかったのか。）でしょでしょ～～ちょう気に入ってんの。サマリンのために買っ　　じゃなくて。びびるじゃん？二回り大きくなったよって言う顔だったじゃん……。（布越しに腹部をつまんで安堵のこえ。続く「でも」に再び走る緊張は、両の手を後ろ髪に伸ばさせた。）わざと！（無造作ヘアだと強がっているあいだに目的地に到着すれば、行列を前に語る前向きなことば。）話してればすぐでしょ～～。（ボディバッグから取り出すコンパクトな折り畳み日傘。バサッと差せば彼女のほうへ傾けた。）

やっぱイチャつくなら冬だよ冬、寒いからくっつけばあったかいし汗ベタにもなんない～～　ていうのがぜんぶ想像なの。ちょっとかなしい？（語り口だけは経験者のように、その実1mmたりとも経験談の含まれないうそっぱちで青春期の独り身を嘆いてみる。とはいえ現在進行形で級友とのデート中、友情にひたろうと腕を絡めて早々「あつっ」と腕を解くながれ、なんだかさっきも見た気がした。）遭遇率ちょう高いポイントだったらしいよ、会えなかったけど……。（ずーん、というオノマトペを背中にしょっている。そのかなしみは連れの明るさにぶん投げられ、再びテンションは上昇傾向。）ほんとに～～～？ココだけこっそり断食ダイエットしてたりしない……？休み明け制服のスカート入んなくなってたらいっしょに裁縫しよね。（じと、と疑り深い眸で抜け駆けをあやしむ。へそ回りを撫でくる様子を見とめれば「肥えてないよ大丈夫、今日のカーディガンかわいいね」と褒め返しておいた。無造作ヘア（寝ぐせともいう）が風に揺れるさまはすこしご機嫌のようである。）もっと褒めてくれていいよ、なんせ用意周到な神さまだかんね。（さあさあ紫外線から肌を守っておこうとふたりは日傘の下へ。気温自体は暑くても、太陽を遮るだけで涼しさは生まれる。じんわりと滲む汗もさっきよりマシだ。）え～～いちばん？選ぶの？逆に聞くけどココ選べる？（問いを問いで返す無作法も口振りがたのしげなら問題はない。「強いて言うなら～～ん～～～」と悩むあいだにも列は進んでいく。）

ぜ～～んぶ想像だよ、経験者ぶっちゃったね。笑え笑え。（爽快な笑い声が知ったかぶりも一緒に吹き飛ばすことを願って更なる笑声を煽り、「ココ的に冬のイチャつきはど？」と訊ねてみる。想像か体験談かは問わないまま。）それ最高すぎんね、やろ。絶対やろ。てかね～～わたし日本でこんなに海満喫したことなかったよ……。（日本にいたままの夏だったらクーラーの効いた部屋でのんびりがド定番。南国の心地は体力を消耗するアクティビティにひとつ残らず喰いつかす好奇心を育て、きらきらに瞬く眸はたやすくうつった。）たしかに……や、でも毎日あんだけ食べてそれなら全然大丈夫じゃん？裁縫はね、言っといてなんだけどボタン付けギリできるくらいだから期待せんでね。（制服のサイズ調節はそもそも無謀だと両手でばってん。ふざけた調子に笑って日傘を揺らせばそれが返事だ。）ぶっ　鍵編み模様の日焼けは斬新だ～～。（独特な日焼けを想像すれば吹き出し鍵編みの穴をつんつん。褒め言葉を求めたはいいものの、徐々に規模を広げるそれは「ビーナスて」と堪え切れぬ笑いを齎した。）ほ～～～ら選べない。仲間じゃん。（それ見ろ同類だとばかりに肘でつつけばたどり着く結論はおんなじ。促されるがまま目線が指先をたどれば、そこにあるメニューに吟味を開始。）マンゴー、ココナッツレモン、パッションフルーツにレモングラス…………あ～～～～選べないっ（あれやこれやと目移りし、選べやしない優柔不断のなか順番は迫る。「ココなんにする？シェアしよ」とねだっておいた。）

ココかわい。それ、ちょう少女漫画じゃん？（十を期待していたら百のものが返ってきた。語られた冬のイチャつきは微笑ましく「今年の冬を目指してこ」と直近での成就を願って、肩をぽんぽんと叩いて航海の無事を祈っておく。）ハナワくんともココともおんなじクラスにならなかったら今日ここにはいないもんな～～この偶然に感謝しかない……ありがとうハナワくん。ありがとうクラス分け。（別荘保有の級友への感謝は当然のことながら、そもそもの環境へも感謝を告ぐ。手のひらを合わせた「ありがたや～」の言葉をどこかへ向けたとき、海のにおいが鼻先に触れた。）走ってんの？えらいね。今度誘ってよ。サマリンの朝をさわやか～～に過ごしてみたい。（目をまんまるくして驚くのは早朝ランニングの事実に対して。日本にいたときもやったことのないそれに名乗りを上げてみたのは南国の爽やかさに誘われた好奇心ゆえに、「日焼け止め塗りたくんなきゃ」とは網目模様の日焼けを回避するための有効手段だ。）じゃあシェアすれば6種は食べれんね。（解釈は兎角前向きだ。ありすぎて選べない優柔不断さから一転し、ひとり3種類選べるとなれば決断は早く、ついでに「また来週くれば旅行中に全種類制覇できそう」と野望を企てる顔はちょっとだけあくどい。）これと、これと、これ～～　あっ　もしやトッピングとかもある……？（アイスの選択は決まったくせ優柔不断の壁は再び立ちはだかる。注文まであと一組。）

夏休みに彼氏ができたココ、手つないで「汗ベタも意外にいーじゃん？」て言ってるに一票～～。（直近も直近、期日は更に目前。指折りかぞえてあと30日ほどでのあわよくばを意気込む彼女へ予想を立てればふたりぶんの祈りを捧ぐ。「できますよーに」と輪唱しておいて。）ハリウッドスターみたいな過ごし方じゃない？朝ヨガ。（思考回路は単純だが、あながち間違いでもないだろう喩えはすこし自意識過剰かもしれない。なりきりたい気持ちだけは花丸で「絶対やろ朝ヨガ」だの「なんか浄化されそう」だの、その口振りの端々からは知識の浅さが窺えた。）さっ　最強のチョイスだ……　わたしはね～～マンゴー、ココナッツレモン、アールグレイにする。（彼女の選択にゆるむ口許を思わず押さえ、ごくりと喉を鳴らす。悩んだ末の3種ピックアップは絶対に間違っていないはずだと胸を張るも、コーン3種を前にして揺れ動くこころはぐらぐらぐらぐら。ようやっと決めたかと思えばとなりで流暢な英語が聞こえたものだから、腕を絡ませ）ココ。わたしのぶんも頼んで～～プレッツェルコーンで。（とねだっておこう。その願いが通じるかはさておいて、希望通りのアイスクリームを手にすれば言われるがまま顔を寄せる。）あとで写真ちょうだいね。（旅の思い出がまた一枚増えていく。アイスは溶ける前にひとくち。）あ～～～　最っ高だ……。（だらしない笑いは、これが最高においしいんだって証拠だ。）

否定できてないな～～購買のカフェオレ賭けとく？（言い淀んだ間は汗の疎ましさよりも夏のあこがれが勝る予感を思わせ、帰ればもっとも手近なものを賭けの景品として提示するおふざけ。祈りのみならず笑い声までも神様に届いていることだろう。）え、だれに撮ってもらう？通りすがりの人？あ、わたしがハリウッドスターココ撮影してあげよっか。（記憶を手繰りよせてのポーズが正しいものかは知れず、とりあえずスマホを構えて「海外セレブっぽいポーズしてみて～」とカメラマンに転じる。ゆびきりげんまんはしかと結び切り、わいわいと騒ぐはた迷惑な客ふたりは片割れの流暢な注文によって一般客にランクアップ。）さっ　すが～～……ちょっと感動してる。いや、ちょう感動してる。（ドヤ顔は兎角、店頭で目撃した雄姿に拍手を送る。試しに「プリーズ？」と真似てみるもお粗末な発音は笑えるもので、「サマリン滞在中に英語喋れるようになるかな……」と無謀な夢を抱きながらアイスをひとくち。おのれのアイスを狙うスプーンから身を守るようなたわむれも交えながら過ごす昼下がりは賑やかで、楽しくて、それからおいしい。）ほんと？待って待って、優勝の味わたしも食べる。全種制覇するまで日本帰れないな～～これは。（学校帰りに食べるコンビニのアイスも母が買ってくるスーパーのアイスも最高だけれど、異国の地でともだちと食べるアイスは格別だ。あまいかたまりを舌の上で転がして、南国のひとときは過ぎていく。）