（波のさざめきが日増しに心地よく感じるようになってきた。一段と砂浜を照り付ける陽光が眩しい本日、さざ波にぷかぷかと浮き輪ベッドの上で寝転がりぼーっとするのもまた一興と父親の気持ちが分かった気がする。けれどうと、と睡魔迫る中、突如晴天劈く悲鳴が耳朶を打つから何事かと困惑した瞳が根源を探し求め波に合わせて右往左往。周りにいた人影といえば一つで、大分崩れていたが確か朝食の一幕にツインのお団子をしていたのは）小田…？どうし、　……っっ！？（浮き輪引き連れ近寄れば、声にならぬ声が出た。透明度の高いこの海では体躯が沈んでいたとて違和感を感じるには十分で、）っごめん！！！（咄嗟にくるっと勢いよく反転。）…大丈夫？じゃ、ないと思うけど…見てない！見てないから安心して…！（言わぬが吉とも分からぬ動揺に何がどうなってるんだと胸中はさざ波どころか大荒れで、顔に熱が上るのは何も日焼けだけのせいじゃない。こんな日に限って眼鏡を外さなかったことに申し訳なさを覚えたのも一瞬、考え改めたのは遠くに揺らめくレモンカラーのビキニを見つけたから。）ちなみに今俺の視線の方に黄色の…その、ビキニが浮いてるんだけど、あれ小田の？まさか斜め上いくナンパで痴女になってるなんてことはない、よね…？（いつかの朝食でのことを思い出し未だ動揺しきった確認を背中越しに一つ。）

ごめ、　　～っふ、いや、ははは。（先刻までの背後は項垂れた様子にべそっ掻きだった筈なのに、それに見合わぬ全力の突っ込みに思わず笑うはこの状況下だとて彼女らしさが出るのかということと、）俺も何言ってるんだろーな。パニックだったんだよ、漫画みたいな状況だったから。ごめん。…はは。（自身の頓珍漢な疑問を自覚し、彼女の眦に浮かんでいた涙とは別の意味で湿る眦を「でもアンタならもしかして、って心のどこかで思ってたんだろーね」と動揺が口を突いて出た真意を冗談めかした言葉で拭う。心許無い現状なら仕方なかろうが湿った雰囲気よりも存外此方の方が落ち着けたからの冗句は、して大丈夫だよとでも言いたげに相槌を打ちつつ事の経緯を聞き状況を理解した。）嫌じゃないよ。ていうか普通に緊張するから…。（さんざ痴女と称したが彼女に羞恥を生ませるためでないから、本音の胸中晒すは波にのまれたかもしれぬ音量で顔を見られる訳もないのにきまり悪く俯いた。）でもそれで取りに行くの大変でしょ。むしろ俺に触られる方を我慢してほしーよ。（汚い？むしろ一般的に男にとっては役得と言えよう。持てる？と浮き輪ベッドを預け揺蕩う戦犯を取りに行き、瞬間惑った指先が無難に肩紐部分、無ければ背に面す部分を掴んで波を掻き分けるよう彼女の元へ戻る際に目印にしたのは背か顔のどちらだったか。それも1ｍ手前ではたとストップ。）ええと…取ってきたんだけど……逆に俺が近づいていい？投げたら流されるでしょ。（却下案だけは明確にし、要望があればその通りにせんと。）

もしかして1本描いてる？くらいのスラスラ具合だな。…はは、ごめんごめん。なんかツボで。（半べその恨みがましい声音が耳朶打てばごめんと伝えるためだけに思わずちらと振り返った様相では効き目は僅か。まあ己の頓珍漢な阿呆さにも笑っているのだから許してほしいところだが、此方のお許しを貰えたなら歩み出そうとするも）ちょっと、それ前提で拒否するのやめてくれる…！？普通に取ってきたのにいちゃもん付けないでよ。（わざとらしい拒絶は場を弛緩させるためと理解して笑声で乗っかった。まあ"普通"はきっと形だけになろうが兎も角、見てくれは平常心を心掛け水着の奪還を無事成功させれば一寸先で立ち止まる。彼女の羞恥からだろう消え入りそうな要望に眉を八の字にさせ小さく笑って）別にそれくらい申し訳なくないから。大丈夫だよ。（最初に発した大丈夫より安心させるような声音だが）ほんとの痴女にさせられないしね。（この場に冗句がマストなのは周知済みだろう。踏み出す折、多少安心は与えられるかと眼鏡を外しサングラスよろしく額に乗せれば視線を外しつつ水着を渡す。告げられた合図にくると身を翻し、ついでにベッドを片手に持てば1人分以上の衝立の役割は果たすだろうか。「今度はちゃんと結んでね」と茶々入れる間に眼鏡を定位置へ戻せば着替えは完了したか、改めた対面には多分コミカルさを思い出し笑声が響く。）

どーいたしまして。（気にしてないよが察せるだろう口ぶりであっさりそれだけ発せば「0.3くらいだったかな。ぼやぼやして気持ち悪い感じ。そっちは？」とは暗に場持たせ的な質問。水面が自然に反した波を模しているのを感じ取りながら辺りに目配せしていれば危機終了の合図を耳から背に感じ、肩の線がふっと緩んだまま心なし恐る恐る振り向いた。対面後の第一声を用意していなかったことを後悔するより先、先刻と同じよう水面で項垂れる彼女へ何となく視線を遣り辛いのは、まあさっきの今だから。どうしたもんかと右手で首を撫でるも何だかんだと彼女からのアクションは有難い。）いや、うん。…はは、多分俺も、そーいう意味じゃなくこの出来事は一生忘れないだろーね。漫画だったし。…うん、いーね。痴女もだし、逆にもーちょっと仲良くなって笑い話にするのもいいと思わない？（笑い話にするのが果たして良いかは一大事だった彼女に失礼かもしれぬが、髪と同じよう萎るだけでなくあっさりとらしい機嫌に立ち返ったところ見ればきっとこっちの方が好みだろうかと。）何して遊ぼっか。俺は遊んでたっていうかここで寝てた。案外気持ちいーんだよね。父さんの気持ちわかったよ。（これ、と左手で特に映え感はゼロのハワイアンブルーの無機質なベッドをボンと叩いて存在を示したなら「乗る？」と目配せ付きで問いかけよう。このままここで遊んでも、海が懲り懲りならばそのまま陸へ戻るのもどちらにしても良いだろうと。）

あいこ10回続くなかよしってもう運命的だよね。妥当にいくと明日の朝ごはん隣で食べるくらいだけど、笑い話にするならおまけに晩ごはんも一緒に食べるくらいかな。どう？（忘却よりも逆に難易度上である笑い話への昇華度を推し量っての提言が弾んだのは、彼女がその波に乗ってくれたからだろう。物事を明るく捉えられるのはきっと長所だろうとは、寝ていただけの男に対する感想然り。）じゃあ遊び疲れてたなら気持ちいかもね。アンタはさっきまで何やってたの？（さっきとは勿論事件が起こる前の話。即答される是の挙手と矢継ぎ早に求められるアドバイスも男が促すより先に行動移されたなら「早」と呼気が漏れるけど、グラついた浮き輪に助けを求める声と同時に反対側へ回って押さえた腕に体重掛ければ）全然人の話聞かずに乗るなよ！これの難点は乗る時すごい不格好になることだよね。（言外に今のあなたのことですよを呈しながら「がんばって」と反対側からひょろい体重掛けつつ応援すれば、次に視線交わすは随分上からの彼女だろう。それは心理的にも。）2人で座ってるだけなら乗れるかな。……なんか絶対俺が先に乗った方がよかったよね。（差し出された手を遠慮がちに掴んで引っ張りあげてもらう図はさながら男女逆の様相。ついでに前述の難点を上から見られるブーメランをぐっと堪えてどうにか上がれば体力なし男はへたり込む。）疲れた……。でもやっぱ気持ちいな。（風吹く青空と地平線に揺れるコントラスト効いた青い海を見て一息吐けば、同意求めるように横の人工的な青を覗く。）

うーん……あ、俺さ、日本のうどんチェーンがこっちで行列できてたの見つけたんだよね。気にならない？（日本と同じ味か、うどんをフォークで食べるのかとか。せっかちな問いにそういえばを口にした提案は、完全なる日本食故に一蹴されたなら彼女の希望を聞くまで。）…それは一般的に泳げるって言わないらしーよ。浮いてるだけ。でも意外だね、スポーツ万能そーなのに。（手前勝手な印象零し「背泳ぎで無限泳ぎできたりして」と勧める口吻は本気と揶揄が50：50。因果応報の間抜けとの指摘食らえばうるさいよと睥睨返す瞳に一匙の痛恨と含羞あれば効果などないに等しいだろうが、曰く還暦のじじい並のへたり込みは爽快な潮風が黒髪を揺らせば背筋もやっと伸びて「そこまではいってないでしょ、俺は泳げるしさ」とはちょっとした意趣返し。）ね。いいでしょ。………うわ、そーいえばアンタのせいだったよね俺の大将。（根源の襷の更に根を想起すれば、不本意ながら今や馴染んでしまったあだ名だったとて確信犯的に笑む彼女へジト目向ける。その湿気振り払うかのように勢いよく重力掛かった反動で浮き輪が跳ねたなら、未だ端にいた男がバランス崩すは容易だった。）っ　うわ、　　ちょっ　　と！？（それはやけにぬるっとした転覆劇。生き残ろうとした藻掻き虚しく足から静かにドボン。）っぷは　…眼鏡なくなってたら一生恨んでたからね…。（水滴でぼやけた視界で上げてと差し出す細腕は、けれど華奢な彼女の手が近付くならその手首を不意に引っ張り、重力掛けバランス崩すくらいは容易いか。）

え、ポーチドと温泉卵って違うんだ？（毎朝朝食の話をしているとはいえ料理に疎ければ大して違いも分かるまい。明日の夜に其方の答え合わせも身を以て出来るのは幸か不幸か。遭難回避率がたんと上がらない10mぽっちのクロールでは溺死待ったなしだが「…まあ海で泳いだら俺も小田と死ぬ率ちょっとしか変わらないのかな」とは毒舌を受容してしまう程の体力なしの表れだ。海でガチ泳ぎをしたことはまだなかった。)ドMなの…？うん、すごい色んな人から未だに呼ばれるよ。絶対アンタはたすき適当に選んできてるだけのはずなのに…。（未だ眇めた目で赤毛を見据えればぐちぐちと小言が飛ぶは冗句まで挟まれるから更に加速した。その上彼女が起点となった振動で濡れ鼠へと化したなら、仕返しとばかりに手を強く引いてしまうのも致し方なかろう。まんまと成功と相成れば破顔し）あはははっ、いい気味。（波音も怒気孕んだ待ったをもかき消す笑声が響いていた。）接着剤レベルで引っ付けたんでしょ。大丈夫だった？（とは先の大袈裟発言を思い出して。脅迫に念のため確認はすれどもその声に笑みが滲むからきっと形だけのものだと此方も気楽に。「眼鏡は無事だけど、なんにも見えてないよ今」と二人でぷかと波に浮かれた水滴塗れのレンズはさながらのび太の33目程の間抜け度で、濡れた手で拭ってみる無意味さにまた笑いを飛ばす。ハプニング続きの海上もたまにはも悪くない。そんな笑声だった。）