（葉邑柊は立尽くしていた。ニチレイフーズの冷食自販機を前にひとみを曇らせながら。理由は明快。迫られた選択の時を前にして選ぶべき品を選びあぐねていた、ただそれだけ。事は足繁く通った食堂の日替わりメニューを思い出した迂闊さが契機となる。7月5日のエビフライ定食。7月6日のからあげ定食。あの茶色い存在感らが妙に胃袋に巣食ったようで、揚げ物を寄越せと脳にうるさく主張を重ねてくるんだ。昼時の空腹も相俟って自販機群の一角にひそむ香ばしさを素通りなんて出来なかった。）ねえ。（声を掛けた相手は自分にとってのモブじゃなく、多分クラスメイトの誰か。通り掛かりなのか近くに並んでいたのかは定かじゃないけれど傍に存在感じたからって他愛ない理由でその腕をひっ捕まえようとしていた。）今のおまえの気分なら、どれ？焼きそば以外で。（冷食自販機に視線を流す。からあげ、焼きおにぎり、ポテト、タコ焼き、etcが自己主張姦しくボタンを光らせていた。）

（捕まったと本人が宣うなら、葉邑が尽くした行為は捕獲に当たるんだろう。）俺、珍獣ハンターデビューだ？（事の輪郭を明瞭にする彼女の派手なリアクションに作用された口唇をやわに撓める行為の名はほほえみ。そして、“それ”意外でと強請ったのに、彼女から返る選択が葉邑にとっての否を突くものだったからにはじゃじゃ馬の片鱗を見た。）揚げ物食べたい気分だったから。なんとなくでハズした。入江はなんで焼きそばなの？（駄々を捏ねる子供相手には、なんで、なんで、なんで、と3度問いを繰返すと教育にいいって何かのTV番組が言っていたけど、彼女が連打する“なんで”じゃ生憎自分は調教されそうになくて安堵した。）なんだ、お腹減ってたの？じゃあ俺がタコ焼き買うから入江は焼きそば買いなよ。ゴチかな。（参考意見は有難い。冷食自販機に小銭を投入すれば指先は揚焼き仕立てのタコ焼きを選択するけど、曰くいやらしい上目遣いの視線の先に交換条件を乗っけてやったら焼きそば娘はどうするんだろう。）

猛獣じゃなさそうだしなって思った俺の迷いが珍らしがらせた。（不満顔を覗けば、悪口じゃないよを刷いた面貌を傾がせる。）気が向いたらクアッカワラビーとかイリナキウサギとか調べてみて。珍獣も案外かわいいから。（写真載っかる彼等の愛嬌に絆されて、生じた齟齬なんか爆ぜてくれればいいんだと思った。）そうかも。待ち侘びてた夏休みなのに、終われば学校が恋しくなるのなんだろう。反抗期？（いとも容易く正解を導かれて吃驚するひとみが益々の丸みを帯びる。）でも、焼きそば選んだ入江の理由こそ俺よりよっぽど反抗期だ。それかじゃじゃ馬かな。島に行ってさ、やだやだヤメてってお願いする事があったら聞いてくれるのかな、おまえ。（反抗期？響かせた二度目の発語は、今度は彼女に向けたもの。純然たる興味。）焼きそばだってゴチだよ。（俺がだけど。念を押すみたいに、けれど柔く重ねた主張の末に軈て彼女の視線は焼きそば写真に向かって遊泳してくれたから上機嫌を発露するみたいに目がほそっこく和らぐ。軈て、返る交換条件には単純明快ないいよを示す破顔を纏わせるんだろう。）時々、根性曲がりな割箸あるよな。（他愛ない呟きを落とすのは飲食スペースに場を移した頃合い。割箸1本握っただけで生まれる雑談だって此の後も愉しめたら何より。）